末日性徒ベルボー 第一章 性と人格の乖離 -4- 人間の精


 水流は高校を卒業し、K大の文学部に入学した。アパートは、京浜急行の上大岡から歩いて十分ほどの距離にある、住宅街の一角に借りた。駅前にはスーパーやコンビニがあり、食料品を買い入れるには不自由しない。大学まで電車で通う間に横浜という大きな都市があるので、服飾品の買い物とか、映画を見るとか、音楽を聞くとか、絵画を鑑賞するとか、その他諸々の文明の恩恵に与ることに不便することはなかった。
 大学には勿論女装して行ったが、ミズルの躰からある種のオーラが発散されていることは、知り合いの評判になっていた。流麗な顔立ちの周囲にハッとさせられるようなダンディーな空間を引き寄せているのだ。そしてそれは、とてもシックな人間性に香っているという、独特な趣に輝いているが、その輝きが、磨かれた孤独の産物の表出であるという印象を、見る人に与えるのだ。そういう、普通の人が身に引きつけていない空気感に、カノジョは常に抱かれていた。
 「岩谷さんには、何かが憑依しているのよ、きっと。つまり物の怪に取りつかれている変わった人ね。彼女の先祖は巫女さんじゃないかしら。その意味では、悪く言えば先祖返りっていう要素があるのかもね。良く言えば、霊感反応に敏感な人ね。」
 というのが、その見解の中の代表である。それに反して、水流の方では、人目が気になって仕方がないので、一種のバリヤーを躰の周りに張り巡らせているのだが、それに他人の何らかの想いを乗せた視線が、チクチクと突き刺さるような気がして仕方なかったので、いよいよ孤独な外見を強固にしていたが、それが他人には神経過敏と映ったようだ。
 それでいてカノジョのいでたちは極めて風流であり、洗練された美意識を醸し出してもいたので、いつの間にか、ミズルは[人間の精]と密かに知人の心で思われるようになっていた。何故、心の中でだけそう思うのかと言えば、ミズルは何も誰とも喋らないので、そう伝える隙がないからだ。取りつく島が無いとも言える。ミズルにとっては、自分からは何も話しかけられないという、内面の内向性のために、唯一人ポツネンとしていたのだが、こういうことはよくすれ違うものだ。
 一旦、人の中で孤独に落ち込むと、そこから抜け出ることは容易ではない。それよりももっと孤独な境地に転げ込むことになりがちなものだ。そうすると、何とか、自己表出の可能性を模索するようになる。そうでないと、自閉症に罹ってしまう。まず、何か新しいことを始める必要があると、ミズルは思った。皆の知らないところで、変身の術を磨こうと考えた。経口を叩ける所がいいだろうと思った。それでカノジョは、自動車教習所に通うことにした。日吉にあるのだ。習うのではなく、教習員と喋るのが目的である。別に誰かを指名するわけではないのだが。
 ミズルはベビードールにズロースといういでたちで、初日の教習に出かけた。お臀を全部隠すランジェリーを穿くというのが、カノジョが心がけていたことだが、それがベビードールを上に着ると、ずろーすの股間やお臀が丸見えになるので、ミズルは、ニットのセーターを腰から巻いて垂らしていたが、自動車に乗り込むには邪魔なので、外した。
 まず教習員が一時間目の心得を述べ、模範運転を示し、最初は一番遅いギヤで、ゆっくりコースを一周する練習からだと言う。ミズルは運転席に座ると、「走れメロス!」と声をかけた。教習員は、ミズルの丸見えのズロースの股間に見とれていたが、「走れエロスだ!」と、笑って言った。
 「H兄さん死GO! メロス」と、ミズルはアクセルを踏み込んだ。しかし、エンジンが大きく唸る音をあげるばかしで、スピードは上がらない。「この裏切り者!」と、ミズルはアクセルを右足でガンガンと蹴った。「何をするんだ、お嬢さん、そんなことをするとこの車、機嫌を損ねて止まっちまうよ。」と教習員が言った通り、車はギクシャクと走ってすぐに止まってしまった。
 「そらみろ、機嫌を悪くしたぜ、こういう時どうするか知ってるの?」「勿論よ、このキーを捻ってご機嫌取りをするのよね。」と、ミズルは、ハンドルの中央に挿し込まれているエンジンキーを回した。「ほう、知っていたかベイビー、じゃあ、今度はこの車を赤ちゃんと思って運転してくれや。」「あんたの赤ちゃん聞き分けがいいのかしら?」「勿論さ。」「あんたとこの車、エン故関係らしいわね!」と言って、ミズルはハンドルに顔を埋めて大笑いしてしまった。
 ミズルは早く走らせるのは諦めて、ゆっくり滑らかに一周運転した。一ヶ所、曲がる手前にポールが立っていて、コースの幅が狭くなっていたが、カノジョは澄まし顔で難なく通り抜けた。教習員はホーッとしてミズルの顔を見やった。そこで一時間目はお終いになった。教習員は、カードの所定の箇所に、[粗暴]と書いた。「判子を押してよ」、とミズルはねだった。「あんた、危ないところだった、押してあげるけどさ、ギリギリ堪えてだな、これは。一時間目で失格するようでは、卒業はまず不可能だね。」と言って、彼は判子を躊躇うような素振りで押した。
 車を降りる時にカノジョは、「アタシとこの車と、どっちが可愛い赤ちゃんかしら?」と、悩ましげに肢体をくねらせて彼にしなだれかかって訊いた。首を双の柔腕で巻かれた教習員は、満足気に頷いて、カノジョの唇を自分の唇で下から擦り上げてプルンとさせてから、震える声で言った。「それは君の方さ。」ミズルは、彼の頭部を自分の胸の谷間に抱き寄せて、「素敵よ、貴方。」と、彼の耳たぶをしゃぶって囁いた。それから、「オーヴォワー メロス!」と挨拶して車を降り、事務所に行って、次回の予約受けにカードを入れて、教習所を後にした。ウンチを催していた。
 何か、自分の躰が急に変わって行く予感を覚えていた。アタシは何をしたのかしら? と、今日の自分の姿を思った。女以上に女らしく振る舞ったのは事実だ。それは何のためだったかしら? 孤独から抜け出したいためだったが、それがどうして女以上に女になってしまったのかしら? と、疑問が大きく膨らんだ。
 「アタシは外観を、ニンフォマニアックなまでに、女らしさを超えてしまったような気がしてならない。それはみっともないという意識の虜になりつつも、女以上にオンナを演じることに陶酔して溺れていたことでも明らかではないか。こう反省しつつも、さっきの陶酔に輪を掛けたいという、痺れるような快感を覚えて躰が勝手にわくわくと震えている。どうしてこういうことが起こるのかしら? あの男も大喜びしていたではないか。男は、女が女らしさに狂うのを、狂気して喜ぶということだ。それは当たっている。しかし、男が喜べば、それが女の美と言えるのかしら?
 しかし、衆目の集まるところで、さっきのようなスタイルと仕種になれば、男共は、可哀想にという仏心で見るものだ。何とおかしな錯倒かしら。自分個人だけに対して狂ってくれれば嬉しくて仕方ないが、それを他人にまで振り撒かれるとガラッと態度を冷たくし、偽善者ぶって、身も心も縮みあがらんばかりに目を覆う。自分の前では、女の色気はち切れる醜態は、限りない快楽であるが、衆目の的でのそれは、限りなく蔑まされるし、ゴシップを彩る妖しい華となるが、卑しい女だと思われ、早く散ってしまえと呪詛されるものだ。
 女の女らしさは、かくも儚く、たった一人の男を狂喜させるためのものなのかしら? そして同時に女を蔑ませるものになるとは、何と虚しいものかしら。阿呆くさい。そんなことやっていられるか、莫迦野郎共!
 ああ、あたしはそれをやってみるまで気が付かなかったとは情けない。ああ、この衣裳が怖ろしく非人間的な醜さでアタシを包んでいる。アタシを人間でなくしてゆくわ。ああ、悔しい。アタシの躰を美しくすると思った衣裳が、アタシの心を醜く踏みにじるとは。情けない衣裳と女心。そんなもの穢してしまおう!」
 ミズルはそう決心した。大学への帰り道でカノジョはふと立ち止まると、ズロースを穿いたまま、思い切りたくさんウンチを排泄した。お臀にもっこり垂れ下がるぐらいたくさん捻り出すと、カノジョは満足した。そのお臀を隠さずに、ニットのセーターは肩に掛けて歩き出した。「あの娘、狂っちゃんよ」と、カノジョを見る人達が噂して振り返って眺めているのを後目に、ミズルは悠々とした気分で歩いていた。ズロースのお臀と股間はグッチョグチョになっていた。
 キャンパスに戻ると、歩きながら、ショルダーバッグからいつも持っている予備の巻きスカートを取りだし、腰に巻き、オカマ倶楽部の部室の前でウンチでいっぱいのズロースを脱いで、部屋の中に力いっぱい叩き込んで、手をはたいて、急いで研究棟のトイレに入り、ウォシュレットでお尻をきれいに洗った。その設備の着いたトイレがあるのは、教授連の建物である研究棟だけだ。それから又悠然とした気分になり、さっきまでの人物とは関係ありませんという顔で帰途に就いた。
 帰りの電車の中で座って考えていた。躰とは何か? 衣裳とは何か? 美とは何か?
 それらを見通す自己とは何か? と。こう考えられるようになったことが、カノジョにとって一大進歩であることは確かなことだった。自分の思考の対象が見つかったことは大収穫だったが、それが、孤独に後押しされてのものだっただけに、孤独の度合いを深めることも確かだろうと思われた。
 アパートに帰ると、まずシャワーを浴びて躰をきれいにしてから、女装狂用の衣類を全て箪笥から引っ張り出して、ビリビリに引き裂いてしまおうと思ったが、考え直した。そう、自分一人で狂う分にはとても優雅で気持ちがいい、どきどきする程女心を発揮出来るのは、心が痺れる程魅惑的だと思い、暫く、一つ一つ躰にあてがって、姿見を見つめて、いろいろな格好をしたり、顔の表情を工夫してから箪笥に戻した。
 カノジョは、今晩の夕食は、自分の今の心に合わせて、寂びしいなりに楽しもうと決めて、生野菜中心でいくことにした。自分の生の躰と意識に目覚めたためだ。その生の理性や官能に生野菜が相応しいと思ったからだ。
 アスパラの缶詰を開けた。人参をそれに合わせて切った。長ネギと玉葱を千切りにしてお酢と水を混ぜた皿で晒し、玉葱はサーモンとマリネにし、ヴルストを切って添えた。ブロッコリーを茹でて裂き、キューリとトマトも切って添え、レタスをそれらの下に敷き、それらに和風ドレッシングをかけて出来上がった。丸いパンを一つ。それに安物の赤ワインで乾杯した。こういうさっぱりした料理を、一人で食べる寂しさを厭と言うほど味わってしまった。何をしても寂しさから抜け出られない身を改めて思い知らされた。
 初めて飲んだワインの酔いが回り、気持ちよくなり、こういうのが酔うということなのかと、知らない間にベッドで一時間も寝て目覚めてから思った。いつ着替えたのかも記憶にない。食卓は全然片づけてない。それで起きて、食器類を洗ってふきんでふいて食器戸棚にしまい、食卓をきれいに拭いて、その上に本を開いて少し読んだ。しかし少し吐き気がしていたので、又、今度は寝ようと思ってベッドに入った。
 するとカノジョは金縛り状態になり、霊媒が躰に取り付き、自分は女でも男でもあるが、どちらか片方になることはないという存在の謎を解くのが、お前の定めであるという、巫女のお告げを聞かされた。「そうだった」と、ミズルは額に浮いた脂汗を手で拭いながら呻いた。厭な疫病神が現れやがったと、悪夢にむせいだ。
 「女とは何だ? では、男とは何だ?」と、ミズルは自問した。空間のどこからも、答えは響かなかった。その問いは、無底の闇宇宙から届いて、ミズルの意識を通過してくるもののようだと思った。それが、天上なき不安へと、ミズルの意識を舞い上がらせ、苦しみに悶えさせるものなのだ。地に足が着いていないのでそうなるのだ。自分の性は、現実の性を対象化出来ていないのだ。対象化する地平が見えないのだ。
 それは、自身の躰に巣くっている、アニマとかアニムスでは到底解決のつかないものなのだ。自分の内的精神ではまとめられないもの、それが今の自分の性なのだ。そう、自分の精神とか理性とかと、性が乖離しているのではないかというのが、自分を恐慌現象に陥れるのだ。それは、自分に両性の機能が備わっているためなのだ、現実に。それが自己破壊の衝動を産み出すということは、何とか官能的に解るが、言葉にならない。こういうことを誰が知っていよう、浮き世の男女世界で。
 その自己破壊の衝動しか、両性具有というものがワタシに教えてくれないのだ。それが本来安らかな筈である睡りがもたらすのだ。自分の躰に安らぐ心は無い。又、自分の心を休らわせる睡りも亡い。ワタシに安らぎは無いのだ。自分の躰と心が遊離しているように感じられる。肉体も精神も、離ればなれになってボロボロに朽ち果てるのだろうか? と、ミズルは醒めた心に問いかけた。自分の心の声を聞くのではなく、心に問いかける何かがワタシには潜んでいるみたいで、気味が悪い。
 今のミズルには、両性具有者は、自らの肉体的性を理解出来ない、いや分析不能なのではないかと思えている。それは性的に考えるとそうなるということであり、別の分野のことは科学的であれば、極めて分かり易いのであるから、オツムがおかしいわけではない。両性具有者の心は、本人にとっても迷宮のようなものなのである。その謎に満ちた世界に思考の足取りを付けようと、ミズルは必死なのである。
 自分で自分の性を理解出来ないという、奇妙な存在なのだ、両性具有者は。それから必然的に結果される、性的に物事を考えられないので、他人をも理解し難いということになってしまい、いよいよ自分だけの閉塞世界に追いやられるのである。その世界は、男でも女でもない性と言うよりは、人間的に理解出来ない性というものなのである。それが宇宙ともなれば、もっと広い視野が開けると期待するのは、あまりの楽天家と言うべきだろう。地上でさえ閉塞状況に閉じ籠もっている人物が、宇宙でなら飛躍出来るとは考えられないことだ。
 もしかして、母もその内的葛藤の果てに神経を病んだのではないだろうか? と、カノジョは吾が身のごとく母を思った。同じ轍を踏まないためには、母を分析することだろうかと、冷酷にミズルは母を憶い出した。何ということだ、悲劇的別離と邂逅を取り結ぶものが狂気だとは。そこに共通点があれば、この不幸なる親子は仲直り出来るだろう。ミズルは本気で母が恋しいと思った。その神経の病を労ってやりたいと思った。自分を根元的孤独に突き落とした母の狂気が霧散することを願った。それが唯一、自分をも救う道だと思ったためでもあるが。
 それは、自分の未来の暗雲垂れ込める狂気の帳に幽閉されるのではないかということに、本気で不安がっている証左ではないかとも思えた。それに抗う道を模索しているのは確かなことだ。両性具有と狂気という取り合わせの悲運に喘いでいるのだ。肉体も普通でなければ、精神も異常であるという、消え失せたくなる存在なのだ。どうしたらいいのか。しかも、これらは両方共、他人には打ち明けにくい事柄なのだ。そのため個人で密かに、いかにしたら諸科学の対象になり、それによって解決の目処に連なる糸をたぐり寄せることが出来るのかと期待しているのだ。
 そう考えざるを得ない状況にあるので、水流は、いろいろな科学の研究に取り組む決心をした。そしていつか、悪霊が自分の躰から去ってくれることを望んだ。自分は、純真潔白な乙女とはどうしても言えない身だ。悪霊が取り付いているためだ。その分、不純なのだろうと思わずにはいられない。
 他人にも見抜かれているように、自分には物の怪が憑依しているのだ。そして、狂気とまではまだいかないが、両性具有の、性を区別出来ないために宙ぶらりんな存在が醸し出す、不審なオーラが不本意ながら、躰から飛び出して、自分の躰の周りに、異様な霊媒によるバリヤーを築いているのだ。それは自身が感じざるを得ない不安とも生成の基盤を同じくするものであり、自分の、他に溶け込めない孤独な個性という雰囲気を発散しているのだが、それはまだ若過ぎるカノジョには止めようがないものなのだ。
 それは妙なものであるが、孤独に閉じ籠もっている躰と精神に反して、そういうことを目立たせてしまうような、躰の周りの空間を色づけして引き寄せる魔力を発散し、それがある種のオーラとなっているのだ。それが自分には、孤独に似つかわしい静寂さと透明さに盾突くものだと感じられるのだが、そういう自分の想いに逆らって、ヴェールを被せられているようで、うっとうしく、耐え難いのだ。
 それが、水流のオーラの実態だった。心の眼まで曇らないことを祈っている。官能には既に薄いヴェールが掛かっているので、尚更。






N E X T
・末日性徒ベルボー・
1章 ∴  2章 ∴  3章 ∴あとがき





井野博美『短編小説集』TOP
∴PageTop∴

produced by yuniyuni